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1993年08月01日(日)
| 目次 | 著者 | 住 所 (投稿時) |
年 齢 (投稿時) |
|---|---|---|---|
| ◆第一部 国内での体験 | |||
| 火の壁を突きぬけ荒川の土手へ逃れる | 五十嵐 重五郎 | 福島県 | 58 |
| 戦争に奪われた青春 | 内藤 利子 | 京都市 | ― |
| 原爆翌日の広島に駆けつける | 浜田 宏輝 | 境港市 | 72 |
| 三人の子供を連れ火の海に消えた母 | 布施 ツヤ | 取手市 | 66 |
| 死線を越えた、あの日のこと | 木村 史朗 | 城陽市 | 65 |
| かい間みた長崎の地獄 | 樋口 さやか | 福岡県 | 63 |
| 神戸の炎の海を逃げまどった私たち | 清水 正也 | 武蔵野市 | 61 |
| 私は見た、東京深川の火焔地獄 | 橋本 澤治 | 茨城県 | 76 |
| 幸運を呼んだ外地勤務の申し出 | 茂住 正 | 鳥取県 | 86 |
| 悲惨、十五歳がみた神戸大空襲 | 浜田 又一郎 | 愛媛県 | 63 |
| 二十年後に襲ってきた原爆後遺症 | 河本 英明 | 鳥取市 | 65 |
| 商都大阪が焼野原になった恐怖 | 家治 綾子 | 大阪市 | 56 |
| 無情、八月十五日出撃した還らざる特攻機 | 林 新治 | 札幌市 | 66 |
| 沖縄戦で、身内五人が犠牲に | 真栄城 照子 | 糸満市 | ― |
| 日本海に漂った四日間、生存者は六人だけ | 尾崎 竹一 | 生駒市 | 68 |
| 忘れられないもの | 明石 範夫 | 四日市市 | 63 |
| 焼け残った一高の時計台 | 芝田 収 | 吹田市 | 66 |
| 瞼に残る砂浜の惨状 | 芝野 記与子 | 名張市 | 53 |
| 黄昏色の青春 | 横山 功一 | 豊中市 | 62 |
| 神のみが知る戦争中の運、不運 | 遠山 菊雄 | 鎌倉市 | 73 |
| 一米の差で直撃をまぬがれた幸運 | 片岡 絢子 | 札幌市 | 66 |
| ペンを槌に替えて | 高松 一子 | 東京都 | 65 |
| 戦災で母を失った悲しみ | 池田 禮子 | 大阪市 | 63 |
| ◆第二部 国外での体験 | |||
| わが漂流の六時間 | 日野 冨久見 | 大分県 | 70 |
| 数奇な運命、今ハバロフスクに生きる | 金 享韶 | ハバロフスク市 | 66 |
| 今もまぶたに、未救助の兵の姿 | 大川 康字 | 鶴岡市 | 70 |
| 強運で、四たび死地を脱す | 岡田 芳治郎 | 米子市 | 70 |
| 黒龍江で、四十数年ぶりにその流れを見た | 青木 信夫 | 岸和田市 | 65 |
| 戦艦『大和』から九死に一生を得る | 武藤 武士 | 明石市 | 70 |
| 私の出征後、十二年間つづけた母の陰膳 | 堀口 賢一 | 新潟県 | 70 |
| 撃沈され、海上で浮き沈みすること幾たびか | 横内 賢次郎 | 兵庫県 | 71 |
| 両隣の戦友、敵弾に倒れる | 松本 一志 | いわき市 | ― |
| 残虐な戦後のソ連の空爆 | 宮口 良作 | 苫小牧市 | 70 |
| 十六歳の陸軍二等兵 | 日下 宗治 | 高槻市 | 64 |
| 若くして征った学徒兵 | 西村 清子 | 城陽市 | 85 |
| 身を賭して部下をかばった婦長の勇気 | 堤 道代 | 滋賀県 | 64 |
| 漂流中の頼みの綱はオール二本だった | 坂口 充弘 | 大阪市 | 68 |
| 九死に一生、いくたびも | 奥田 安弘 | 滋賀県 | 70 |
| 今も海底に眠る千数百名の戦友たち | 沖本 豊一 | 鳥羽市 | 68 |
| うまかった脱出後の水筒の水 | 森松 日出丸 | 福岡市 | 70 |
| 戦艦『霧島』、南海に勇姿を没す | 山田 太吉 | 東京都 | 81 |
| パレンバン奇襲作戦 | 宮成 瑞芳 | 大分市 | 70 |
| ガダルカナル撤退作戦 | 星 至 | 福島県 | 74 |
| バターンの死闘 | 加藤 幸重 | 福知山市 | 74 |
| 戦艦『比叡』激闘の果てに | 塩谷 邦雄 | 東京都 | 69 |
| 玉砕寸前の終戦前夜 | 島田 潮 | 砂川市 | 80 |
| 引揚船・第二新興丸の悲劇 | 桜岡 ユキ | 旭川市 | 77 |
| 八一号作戦ダンビール海峡の悲劇 | 本田 国晴 | 長崎県 | 74 |
| 体験した二つの地獄の戦場 | 西 節也 | 奈良市 | 73 |
| 悪夢のような漂流六時間 | 星田 鶴男 | 札幌市 | 71 |
| 餓死寸前のメレヨン島 | 大浦 庸生 | 大阪市 | 72 |
| 恩義ある河野曹長の戦死 | 中林 喜三 | 泉佐野市 | 68 |
| 青竹の救命具をつけ船底で緊張した台湾からの帰国 | 松岡 恵美子 | 舞鶴市 | 57 |
| 戦後、日本人墓地の墓守りだった父 | 重岡 良之祐 | 藤枝市 | 62 |
| さつま芋の葉を食べ命拾い | 廣瀬 耕作 | 京都市 | 69 |
| 哀れな軍馬の末路 | 福留 正友 | 中村市 | 69 |
| 台湾籍、日本軍人が死に損でいいのか | 矢野 章 | 杵築市 | 75 |
| 着のみ着のまま、空腹の抑留生活 | 斉藤 忠雄 | 札幌市 | 71 |
| 家族五人、無事だった羅津からの引揚げ | 松永 士 | 境港市 | 82 |
| 生と死の境をさまよって | 春本 武明 | 平戸市 | 73 |
| 戦死者百四十名、空母翔鶴の激闘 | 佐藤 忠二 | 福島県 | 73 |
| 戦争で得た教訓、専売で無かった大和魂 | 牧野 龍司 | 米子市 | 79 |
| 戦場に散っていった愛馬五頭 | 今井 正夫 | 塩釜市 | 74 |
| 多くの温かさに支えられた樺太引揚げ | 上田 弘子 | 小樽市 | 69 |
| 戦後も狂気がつづいた大連 | 田辺 辰雄 | 防府市 | 65 |
| 玉音放送をうけ入れなかった高山少尉の自決 | 清原 忠夫 | 佐久市 | 72 |
| 死のバシー海峡で命びろい | 出沢 利美 | 甲府市 | 74 |
| ◆第三部 亡き人たちの証し | |||
| 十六歳少女の証言 | 高田 静子 | 広島市 | 64 |
| 家族八人で渡満、還りきたるは二人のみ | 山田 ミツ子 | 札幌市 | 62 |
| 四十七年ぶりに帰還した父の遺品 | 多邊田 俊之 | 東村山市 | 55 |
| 三十年ぶりにとどいた椰子の実一つ | 槙原 幸成 | 出雲市 | 67 |
| 戦死の弟を偲ぶ | 佐藤 勝 | 多摩市 | 77 |
| 戦後、女手ひとつで四人の子育てをした母 | 難波 晴美 | 久留米市 | 51 |
| 戦後、同胞援護に尽くした父が、今もまぶたに | 佐久間 信子 | 各務原市 | 59 |
| 今も大切に、父からの手紙 | 永田 晴美 | 大阪市 | 49 |
| 紅蓮の炎に伯母一家逝く | 今村 早智子 | 河内長野市 | 61 |
| いまも優しい祖母の愛を思う | 越智 信子 | 今治市 | 52 |
| 朽ちかけた書類の中にいとしい妹の名が | 立木 喜代乃 | 枚方市 | 56 |
| 西先生の命を奪った憎い銃弾 | 榎園 徳蔵 | 鹿児島市 | 79 |